ドゥカティには2000年代半ばまで乾式クラッチが採用されており、独特な音とデザインが人気となっていました。残念ながら現代では殆どの車種が湿式クラッチとなっていますが、当店のブログをご覧のDIY派の皆さんは乾式クラッチ車にお乗りの方が多いと思います。
湿式クラッチはエンジンオイルによって常に保護・清掃・メンテナンスをしているので、オイル交換以外の整備は不要ですが、乾式クラッチは保護されていないので1~2年ごとの人力メンテナンスが不可欠です。
乾式クラッチの詳細なメンテンナンス方法は情報が少ないのが現状なので、この投稿ではプロが実践している手順を公開します。
クラッチのトラブルについて
乾式クラッチにはいくつかのトラブルが発生します。以下に羅列するので、メンテナンス手順をご覧頂く前に不具合事例を共有しましょう。
ジャダー
発進時にクラッチから「ガガッ!」という異音がして半クラッチの具合に違和感がある症状を指します。
主にクラッチプレートの異常振動が要因で、ライダーのスキルによらず発進がスムーズに出来なくなります。
高回転から一気にクラッチレバーを離して急発進するようなシチュエーションでは正常なコンディションのクラッチでも異音は発生しますが、繋がり感に違和感が無ければ問題ありませんし、異音を消すことは出来ません。
日常的な発進時に異音や違和感がある時は異常と言えるので修理対象になります。
また、749R等のサーキット専用モデルに純正採用されていたスリッパークラッチはどうしてもジャダーが発生しやすいので対処が難しいです。
クラッチが滑る
→クラッチレバーを完全に離している状態で走行しているときに回転数だけ上がって速度が上がらない症状を指します。
主にクラッチの消耗、クラッチレバーの遊び不足、クラッチレリーズの不適合が要因です。
乾式クラッチと言えど、オイル漏れ等で油分がプレートに付着しても意外と平気に走れたりします。
クラッチが切れない
→クラッチレバーを握ってもレバーの感触がスカスカでクラッチが切れにくかったり、ギアチェンジやニュートラルに入れるのが難しい症状を指します。
主にクラッチの油圧系(フルード回路)に空気が混入していたり、マスターシリンダーやクラッチレリーズのシールの不具合が要因です。まずはフルード交換をしてエアを抜きましょう。
フルード交換を入念にしてエアが完全に抜けていて、マスターやレリーズからフルード漏れがないのにクラッチレバーがスカスカなタッチの時は、マスターシリンダー内部のシール不良やシリンダーの損傷が疑われます。
クラッチレバーを半分程度まで握ってしばらくキープし、手をゆっくり戻すとレバーがスカスカになる(信号待ち等でクラッチをしばらく握っていると自然に繋がってしまう)症状があるときはマスターシリンダーの損傷や消耗があり、マスターシリンダーの交換が必要です。
この症状は立ちごけや転倒などでレバーに衝撃が加わることで発生することがあります。
マスターシリンダー内部には、フルード漏れを防ぐシールと、フルードに圧力を加えるシールがあります。圧力を加えるシールのみが損傷しているとエア噛みしたようにフワフワなタッチになりますが、フルード漏れを防ぐシールが健在であれば外に漏れないので一見すると正常に見えてしまいます。
他にも、以降で説明するクラッチ本体やプッシュロッド周辺でのトラブルがあると同様のトラブルが発生することがあります。
もしご自身のクラッチのトラブルで解決が難しいときは当店にご連絡頂ければ相談に乗ります。
それでは次に乾式クラッチのメンテナンス手順を説明します。
手順③までは湿式クラッチでも共通の手順です。
尚、スリッパークラッチは教材が無いので説明しません。
手順①クラッチレリーズの点検
最初からクラッチ本体を分解してはいけません。必ず本投稿の手順①から進めましょう。
フロントスプロケットカバーを取り外します。
車種によってはクラッチレリーズと同時に取り外す場合もあります。
固定ボルトの長さがクラッチレリーズよりも短い場合があるので、混同しないようにカバーとボルトは一緒に保管します。
カバーを取り外した時に、レリーズ下部からエンジンオイルが漏れていないかチェックします。
事前にクラッチマスターシリンダーのタンクにフルードが半分以上入っていることを確認します。
クラッチレリーズを固定するボルト3本を半分程度まで緩め、数秒放置してからボルトを締めこまずにレリーズをエンジン側に押し込みます。
このとき、レリーズを元の位置に押し込めないときはピストンが戻らない症状があるので異常です。
クラッチレバーを社外品(カスタムレバー)に交換すると、レバーの遊びが不足してフルードの圧力がマスターシリンダーに戻らなくなっていることがあります。
ブレーキで例えば、キャリパーピストンが戻らずに常に引きずっているような状態で危険です。
クラッチであれば、常時半クラッチ気味で乗ることになるのでクラッチプレートやレリーズに負担がかかり破損します。
親切な社外レバーであれば取り扱い説明書に遊びの調整方法が記載されています。
レバーの遊び調整に自信が無い時はノーマルレバーを装着してください。
クラッチレリーズを裏返してフルード漏れをチェックします。
レリーズを取り外したらクラッチレバーを握らないようにしてください。
中心穴の下の穴からフルードが漏れているときはレリーズのシールに損傷があります。
ノーマルレリーズの場合は修理不可なので交換が必要です。
社外レリーズの場合は、メーカーによっては補修部品が販売されていることも、メーカーに送付してオーバーホールを受けることになる場合もあります。メーカーに問い合わせて下さい。
クラッチレリーズをエンジンに装着し、クラッチレバーのタッチ(握り心地)に変化が無いことを確認します。
もし、レバーがフワフワしたような感触になってエア噛みした場合はレリーズのシールが損傷しています。
レリーズのシールが損傷するは以下の通りです。
①クラッチレバーの遊びが不足している→多くの場合、整備不良と言えます
②プッシュロッドがミッションに固着して回転している→この後説明します
③プッシュロッド周りの設計不良→湿式クラッチに多く、整備的に異常が無くてもプッシュロッドが回転してレリーズのシールが回り損傷します。2011年以降は対策品のレリーズとロッドが登場したので、それを使用すればトラブルを防げます。
最新型レリーズキットのDUCATI純正品番は以下の通りです。
・2001 年以降の乾式クラッチ用(但し、748R/749R 除く)
→69925111A
・2001 年以降の 748R、749R 用
→69925141A
・2001 年以降の湿式クラッチモデル用
→69925121A ※ただし、今後も新たなレリーズが用意されていくので適合する品番は注文先に確認してください。
手順②プッシュロッドの点検.1
クラッチレリーズを取り外したら、プッシュロッド装着穴からオイル漏れが発生していないか確認してからロッドを引き抜きます。
ロッドの反対側の先端がクラッチ側(の、プレッシャープレートのセンターベアリングのブッシュ)に固着していて手で抜けない場合があります。
その場合はウエスでロッドの先端を保護してからバイスプライヤー(ロッキングプライヤー)で掴んで引き抜きます。
クラッチプレート側からロッドを引き抜くと後述のOリングが損傷するのでレリーズ側から抜いてください。
どうしても抜けない場合はOリングを交換する前提でプレッシャープレートを取り外し、ロッドを分離します。
引き抜いたロッドにはOリングが2個装着されています。
Oリング装着部から外側が乾いている状態が正常です。
Oリング装着部から内側(エンジン内部側)はオイルで濡れていても乾いていても問題ありません。
オイル漏れがある場合はこのようにロッド穴周辺が濡れて汚れます。
その場合はOリングを交換しましょう。
また、Oリングを触ってみてプラスチックのように硬化していたり平らな形に変形していたら積極的に交換しましょう。
悪くなりやすい箇所なので、気が付いた時に頻繁に交換しても良いでしょう。
Oリングの純正品番は88641731Aで、注文するときは10個単位になります。
比較的安いので10個購入しても損はありません。
純正Oリングサイズは内径4.7mm リング厚さ1.7mmです。
おおよそ0.3mm程度のサイズ違いは許容するので汎用のOリングを使用しても問題ありません。
すぐに交換する前提の消耗部品として捉えてください。
アストロプロダクツのOリングセット内にあるR-02が使用できます。
他にも、オイル漏れが発生する原因は以下の通りです。
・エンジンオイルの入れすぎ
→プッシュロッド穴は、ドライブ側トランスミッションの中心軸になっています。
穴の途中に、エンジン腰下内部に通じる隙間が空いているので、オイルを入れすぎた状態で走行すると隙間からオイルが溢れてロッド穴から過剰に漏れます。
エンジンオイル量は、バイクを垂直に立てたときに点検窓の半分~2/3程度の量にしましょう。
・内圧コントロールバルブの不具合やブローバイホースの折れ曲がり
→社外品の内圧コントロールバルブは、時々掃除をしないと内部のワンウェイバルブが動きにくくなりエンジン腰下のガス圧力が抜けにくくなることがあります。
すると、オイルを入れすぎたときと同じ要領でプッシュロッド穴から噴出します。
ブローバイホースが折れ曲がったり閉塞したときも同様で、クランクケース内部のガスが溜まって圧力が高まってしまいます。
プッシュロッド周りの構造について
クランクケースを分割し、左側ケースを裏側から見た状態です。
赤丸の部分にはドライブ側トランスミッションを装着するローラーベアリングがあります。
ベアリング装着部のセンターにはプッシュロッドを通す穴があり、プッシュロッドはトランスミッションの中心軸を貫通します。
画像の上側(右クランクケース側)にはクラッチ本体があり、ミッションはクラッチ本体の方面でナットで固定されます。
よって、画像のローラーベアリングとトランスミッション装着部のケースの壁面との間には若干の隙間があります。
その若干程度空いた隙間から若干程度のエンジンオイルがプッシュロッド穴の内部に漏れることでプッシュロッドを濡らし、動きが軽くなるように潤滑します。
オイルを入れすぎたりしてクランクケース内部の圧力が高くなると、この隙間からオイルが漏れすぎてしまいます。
とはいえ、プッシュロッドに2重で装着するOリングがしっかりとしていればレリーズ側へのオイル漏れの殆どは防ぐことができます。
繰り返しになりますが、クラッチレリーズを取り外さずにロッドをクラッチ本体側から抜くとOリングが穴の途中に引っ掛かり損傷するのでご注意ください。
手順③プッシュロッドの点検.2
ロッドを少し抜いた状態で回転させ、曲がりがないか確認します。
構造的には曲がりえないのですが、念のための簡易チェックです。
ロッドのクラッチ本体側の先端部をウエスで拭い、削れたような損傷や消耗が無いか確認します。
ロッドは走行距離が伸びても消耗することは無く、異常がある場合=トラブルが発生しています。
触診でザラザラや凹みを感じた場合はロッドの交換が必要です。
手順④クラッチカバーとクラッチスプリングの取り外し
乾式クラッチのカバーを取り外します。
周辺には6本のボルトがありますが、カバーを固定しているのは4本です。
残りの2本は取り外す必要ありません。
ノーマルクラッチカバーを使用している場合はゴム製のガスケットが必要ですが、損傷していない限り交換する必要はありません。
ゴム製ガスケットは水冷・空冷で共通です。
新品のガスケットは厚さがあり、はみ出た部分がクラッチハウジングと干渉して擦れますが使用すれば余分な部分が削れて自然に収まります。
クラッチスプリングを固定しているボルトを緩めて取り外します。
緩める手順は神経質になる必要はありませんが、念のため対角線上に緩めて取り外してください。
スプリングの状態はそれほど気にする必要は無く、汚れていれば清掃します。
なお、ノーマルは艶の無いスプリングですが、艶のあるスプリングはテンションが軽い社外スプリングです。
ノーマルエンジンでツーリングメインで使用する分には軽いスプリングを使用してもクラッチの消耗が早くなる心配は無いので、クラッチレバーの重さが気になる場合はスプリングを交換すると良いでしょう。
手順⑤クラッチプレッシャープレートの点検
プッシュロッドとスプリングを取り外したらクラッチプレッシャープレートが取り外せます。
プレッシャープレートの裏側にあるボールベアリングの動きを点検し、ガタがあれば交換します。
僅かにゴリっとするような感触がある程度は許容します。
このベアリングの負担は少なく、定期的に交換すべき部品ではありません。
後述するプッシュロッドベアリングに異常があると連鎖的にプレッシャープレートのボールベアリングが破損します。
プレッシャープレートのベアリングにはロッドを挿入するブッシュがあります。
このブッシュ内部とロッドの隙間にダストや水分が侵入すると固着してロッドを抜きにくくなります。
プレッシャープレートを取り外したときはブッシュの内部を清掃し、薄くグリスを塗布するとロッドの脱着が容易になります。
塗りすぎるとプレッシャープレート外側にグリスがはみ出るので注意してください。
手順⑥プッシュロッド穴の点検
クラッチのセンターにはプッシュロッドが貫通する穴があります。
この穴はドライブ側トランスミッションの中心軸です。
穴にはシールがあり、その奥に小さなローラーベアリングがあります。
シールは、ディーラー界隈では「プッシュロッドシール」と呼ばれ、パーツリスト上では「オイルシール」と記載されています。
クラッチで発生したダストが穴の内部に侵入しないようにする役割があり、実質的には「ダストシール」と呼ぶべきシールです。
このシールは潤滑ができないので走行距離に応じて容易に消耗します。
画像ではシールの消耗が進み内部にダストが侵入しています。
シールを交換するため、ピックツール等でシールを取り外します。
取り外したシールをプッシュロッドに入れて光にかざすと、消耗が進んでいることでロッドとの隙間が空いていることがわかります。
プッシュロッドシールは消耗が早いので、プッシュロッドOリングと共に頻繁に交換したほうが良いでしょう。
このシールは専用品なので汎用品の流用はできません
対応するシールの品番は車種によります。
プッシュロッド穴の清掃
シールを取り外した状態です。内部に大量のダストが溜まっているので清掃します。
シールの状態が良く、ダストの侵入が無ければ清掃は不要です。
パーツクリーナーを噴射して掃除したいところですが、先述の穴の途中にある隙間からクランクケース内部に汚れが落下する恐れがあります。
耳かき等で固着したダストを取り崩しながら、圧縮空気をクラッチレリーズ側の穴から送ってダストを外に排出します。
掃除したらベアリング内の各ローラー(棒)が全てあるか確認します。状態が悪いと棒が無くなっていることがあります。
ロッドを挿入してベアリングが回るか確認します。
ベアリングに損傷や動作不良がある場合は交換します。
このベアリングは専用品なので汎用品の流用はできません。
脱着に際し特殊工具は無く、創意工夫で摘出する必要があるため作業は困難を極めます。
状態が悪いと、ローラーベアリングにダストが詰まって回転しなくなり、プッシュロッドがえぐれて消耗します。
プッシュロッドはローラーベアリングとの接触部で支えているので、ロッドの接触部が消耗して細くなるとロッドの動きがブレてプレッシャープレートのボールベアリングが振動して損傷します。
結果、クラッチレバーの動きにクラッチ本体の動きが追従しにくくなり切れ不良や繋がり不良、半クラッチの不安定化、発進が難しくなるトラブルに至ります。
乾式クラッチのメンテナンスで肝となるのは、これまでの段階で説明したプッシュロッドOリングとプッシュロッドシールの交換、プッシュロッド穴内部のローラーベアリングの点検清掃です。
プッシュロッドシールの交換
プッシュロッドを挿入して先端を出し、外側に薄くグリスを塗ったシールをロッドに入れます。
リップ面(ロッドとの接触面)にグリスを塗れば消耗を少なくできる可能性はありますが、ダストが付着して消耗が進む懸念もあります。グリスを塗布することへの是非は個々の判断になります。
シールの向きは、表面が平らな面が外側で、段のある面が内側です。
すこし伝えにくいので、古いシールを取り外す段階で裏表の位置を確認してください。
ロッドにシールを入れたらボックスソケット(1/4用対角8mm用)をロッドの先端に配置します。
ボックスソケットを押してシールを奥まで挿入します。
新車時は浅めにシールが挿入されていますが、奥まで入れても耐久性に大差ありません。
いずれにしても小まめに交換すべきシールです。
このように作業をすることでシールを斜めに入れることなく速く確実に装着できます。
手順⑦横ガタの点検
クラッチプレートとハウジングの隙間を目視点検します。
この隙間が大きいとニュートラルギアでアイドリング時に大きな異音がします。
隙間が大きいことへの弊害は少なく、音を気にしないのなら対処する必要はありません。
ただし、画像の状態よりも明らかに大きな隙間があり、プレートの爪の部分が2/3程度しか残っていなければ破損の恐れがあるので交換したほうが良いでしょう。
通勤や街中での走行が多いときは隙間の消耗が進み、高速道路でのツーリングが主体で使用していれば消耗しにくくなります。
横ガタ方向への消耗は、信号待ちや低速走行時に進行します。
手順⑧クラッチフリクションプレートの点検
プレートを取り外します。
ドゥカティでは、摩擦材の貼り付けてあるプレートを「フリクションプレート」と呼びます。
フリクションプレートは車種によって材質や形状が異なり、鉄製は磁石に付きつます。
非鉄系金属のフリクションプレートは磁石に付かないので細かい工具で引き出します。
フリクションプレートの摩擦材に剥離が無いか点検します。
フリクションプレートの厚さを測定します。
純正フリクションプレートの場合、2.80mm未満の厚さであれば交換時期です。
実際には2.78mmまでの消耗が進んでいる場合が多く、それでもクラッチとして問題無く機能します。
予算に余裕がある場合は積極的に交換してもよいでしょう。
クラッチプレートは高価なので、摩擦材の剥離や損傷、滑る症状が明らかにある場合まで交換を引き延ばしても決して不可ではありません。
ただし、長距離のツーリングやサーキット走行をする前は途中でアウトになっては困るので2.80mm未満であれば交換をお勧めします。
当店では社外クラッチプレートを使用したことが無いので、純正以外のプレートの是非は答えません。
クラッチプレートは、エンジンの奥側(クランクケース側)にある方が負担が大きくなります。
フリクションプレートの消耗は奥側が早く進み、外側(クラッチカバー側)の消耗は少なくなる傾向にあります。
フリクションプレートは新品時は皆同じ厚さですが、使用の過程で消耗具合に差が生じます。
もしフリクションプレートの残量に不安があるときは奥側と外側でローテーションをすることで全体の寿命を延ばすこともできます。
ただし、当たり面が変わるので必ずしも良いとは限りません。
もし1枚から2枚程度のプレートに深刻な損傷や消耗があって、誤魔化したいときは外側に配置すると何事もなく機能する可能性はあります。
手順⑨クラッチプレートの点検
画像のプレートをドゥカティでは「クラッチプレート」と呼びます。
表面に焼き付いたような痕跡(青紫色の変色)が無いか確認します。
変色がある場合は過度な高温に至ったことで歪みが発生している可能性があります。
サーキット等での過激な使用で温度が上がることがありますが、公道のみで優しい運転をしている車両であっても、クラッチレリーズを大型の社外品に交換しているとクラッチの切れが不足し、半クラッチ状態が長引くことがあります。
あるいは握力が少ない人、手が小さい人、クラッチレバーやハンドルグリップを社外品に交換している場合はクラッチレバーの握りが不足して半クラッチ状態が長引くことがあります。
すると、クラッチプレートとフリクションプレート間の半クラッチ摩擦で高温が発生し、クラッチプレートが歪むことがあります。
クラッチプレートが青紫色に変色していて、切れが良くないときはクラッチプレートが歪んでいると判断できるので交換をお勧めします。
ただ、「青紫色」という表現は曖昧で明確な基準は提示できません。ご自身で見たときに青っぽく感じても動作に異常が無ければ問題ありません。
あくまでも、クラッチに異常があるときの原因の一つがクラッチプレートの歪みにあるかもしれない、という情報として参考にしてください。
クラッチプレートは消耗を気にする必要はありませんが、歪みや変形に注意が必要です。
事前に試乗し、クラッチ動作の異常(ジャダー等の異音や唐突な繋がり、切れ不良)がなければクラッチプレートは正常、と判断しても支障ありません。
稀に、クラッチプレートの内側の爪が曲がることがあります。
それでも問題無く作動します。
サーキット走行等で、シフトダウン時に過度にブリッピング(回転合わせ)をしたり失敗すると変形すると思われます。
この場合は交換がベターですが、曲げ戻して様子見しても良いでしょう。
手順⑩ジャダープレートの点検
クラッチプレートに紛れて、表面に「D」や爪の部分にポンチマーク(点)があり、厚さが1.5mmのプレートがあります。
これは「ジャダープレート」と呼ばれ、半クラッチ時のクラッチからの異常振動(ジャダー)を軽減するプレートです。
ジャダープレートは当初、ポンチマークのみで識別するようになっていました。
それが見えにくい為、現在では新品のクラッチプレートセットを注文すると「D」マークの入ったジャダープレートが入荷します。
ジャダープレートは湾曲形状になっているので、装着する際はマークを外側に向けます。
クラッチプレートの保管と清掃について
全てのクラッチプレートを取り外した順に置きます。
分解前にクラッチの動きに異常が無ければ元通りの位置関係に戻せるように裏表に気を付けて保管してください。
クラッチプレートとフリクションプレートの表裏の向きに指定はありません。
新品に交換するときにクラッチプレートの加工面のバリの向きをどちらにするか気になりますが、どちら向きにしても大差なく気分的な問題です。
ただし、使用していたプレートを取り外した場合は当たり面の関係があるので全て元通りにしたほうが良いでしょう。
フリクションプレートの摩擦材を圧縮空気やパーツクリーナで清掃すると損傷する可能性があります。
クラッチプレートを脱脂しようとすると組み上げるときに向きを間違える可能性があります。
乾式クラッチのプレートは清掃する必要ありません。
ただし、プレートを取り外した状態でエンジンに残っているクラッチドラムやハウジング、エンジンカバー内にはダストが堆積しているのエアブロー(コンプレッサーの圧縮空気)で掃除しましょう。
クラッチのダストは非常に細かく有害なので、吸い込まないように注意してください。
新品のクラッチプレートの組付け方について
フリクションプレートには表裏の区別がありません。
クラッチプレートには加工の都合上、角にバリのある方と丸い方があります。
丸い方をクランクケース側に向けると繋がりがスムーズになり、
あるいはクラッチカバー側に向けると切れがスムーズになる、かもしれません。
大差は無いので、美しさを考えて全プレートの向きを揃えると気分が良くなります。
クラッチプレートの端にある丸い切り欠きの位置関係は気にする必要ありません。
新品のクラッチプレートには錆防止用の油が塗ってあります。
組み付ける際は中性洗剤やアルカリ洗剤等で念入りに洗浄して脱脂してください。
フリクションプレートは洗浄せずに、綺麗な手で作業するようにしてください。
プレートの組付け順はセットの品番によって異なります。
以下に解説するので参考にしてください。
ジャダープレートの向きについて
ジャダープレートは、クラッチセットの中に1枚もしくは2枚あります。
新車当時のプレートには爪の部分にポンチマークがあります。
ジャダープレートは湾曲しているので、組み込む際の向きに指定があります。
現在購入できる純正プレートには摩擦面に「D」あるいは「B」等の刻印があります。
全車種において、何らかのマークのある方を外側(クラッチカバー側)に向けてください。
クラッチプレート品番19020181Aの組付け向き
19020013Aと19020111Aも同様の並べ方をしますが、それらはクラッチプレートとフリクションプレートが1枚づつ少なくなります。
いずれにしても並べ方はクラッチプレートに始まり、クラッチプレートに終わります。
フリクションプレートは、クラッチプレートに挟まるので組み上げた状態では外から見えません。
クラッチプレートを奥に2枚並べ、フリクションプレートを挟んだ後にジャダープレートを挟みます。
フリクションプレートは、新品時は摩擦材を含めて3.00mmの厚さがあります。
19020013Aは空冷エンジンの広い車種に採用されています。
クラッチプレート品番19020042Aの組付け向き
916や999系に採用されているタイプです。
どのセットがご自身のバイクに適合するかはパーツリストで確認してください。
ジャダープレートと同じ厚さのクラッチプレートが2枚あり、2.0mm厚のクラッチプレートも混在するので注意が必要です。
新品のフリクションプレートの厚さは2.5mmあり、2.3mm未満で要交換です。
クラッチプレート品番19020201Aの組付け向き
2009年以降の1198と2010年以降のストリートファイターに採用されています。
フリクションプレートの新品時の厚さは3.0mmです。
クラッチドラムを取り外す
通常のメンテナンスではこの項目を実践する必要はありません。
クラッチハウジングが消耗していて交換したい場合や、クラッチからのオイル漏れがあって先に進む必要がある場合はクラッチのセンターにあるクラッチドラムを取り外します。
クラッチドラムは、ドライブ側のトランミッションの軸にあります。
クラッチハウジングは、クランクシャフトとギアを介して連結されています。
従って、クラッチハウジングを回すときはエンジンを回す必要があります。
クラッチを分解している状態なので後輪を回してもハウジングは回りません。
クランクシャフトを直接回すには、こちらの工具を装着して直接回す必要があります。
工具の使用方法はこちらのページを参照してください。
クラッチドラムとハウジングの間に回り止め用の工具を装着します。
画像では古いクラッチプレートで作製した自作工具を使用していますが、こちらの工具がお勧めです。
回り止め用工具を装着するにはクラッチハウジングの位置合わせが必要なので、クランクシャフトを特殊工具で回します。
センターナットは対角32mmの6角ナットです。
信頼できるボックスソケットと高トルクなインパクトを使用して緩めます。
このナットは通常のネジ山であり、反時計回りに回すと緩み、時計回りに回すと締まります。
高トルクで締める箇所なので、手では緩みません。
十分な工具が無い時は手を出さないようにしてください。
クラッチドラムを取り外しました。今回はこれ以上先には進みません。
クラッチからオイル漏れが発生しており、発生源がプッシュロッド穴でない場合は奥にあるシールを交換することになります。
オイルシールを交換するには、エンジンカバーを取り外す必要があります。
エンジンカバーの合わせ面には液体ガスケットのみを使用します。
大きなシールはエンジンカバーに装着してある構造です。
手順を図解できないのですが、カバーをエンジンに装着するときはこちらの工具が必要になるので用意しておいてください。
この工具は、大きなシールに挿入した状態でエンジンカバーを合わせて使用します。その様にしないと、エンジンカバーを装着する際にオイルシールのリップが変形してオイル漏れに至ります。
クラッチハウジングを交換するには8本ある固定ボルトを取り外してください。
ロックタイトを使用しているので緩めるには強い力が必要です。
ボルトを締める時はねじ山を清掃・脱脂し、ロックタイトを塗布します。
乾式クラッチハウジングを固定する8本のボルトの締付トルクは、M8×P1.25であれば35N・m±2N・mが指定です。
締付トルクが少ないとボルトが折れることがあります。
乾式クラッチの部品はこのように構成されています。
通常のメンテナンスであればクラッチプレートを取り外すまでで十分なので特殊工具は必要ありません。
クラッチドラムを装着する
クラッチドラムはドライブ側トランスミッションの軸に固定されます。
乾式クラッチ車のトランスミッション軸には以下の2種類があります。
・空冷や、オイルパンがフラットな形状(腰下のベースが空冷と共通)の水冷車
→軸のネジ山がM20×P1.0
・1098や1198等のスーパーバイクカテゴリのミッション
→軸のねじ山がM25×P1.0
乾式クラッチナットのネジ山がM20の場合は、スレッドコンパウンド等の締め付け用グリスを塗布します。
乾式クラッチナットのネジ山がM25の場合は、ネジ山を清掃・脱脂してからロックタイトを塗布します。
高トルク締付&高温になる箇所なので、清掃→脱脂をしてから何も塗布せずに締め付けるとナットとねじ山が噛り付いて二度と分解できないエンジンになります。
ドラムの各部品を元通りに組付けたら、クラッチハウジングを特殊工具で固定してから乾式クラッチナットを大型トルクレンチで締め付けます。
乾式クラッチナットのネジ山がM20の場合は、190N・mが指定トルクです。
乾式クラッチナットのネジ山がM25の場合は、250N・mが指定トルクです。
インパクトのみを使用してナットを元の位置に締めればいいや、という安易な考えはエンジンブローの元です。
必ず適切な工具を用意してから臨んでください。
手順⑪クラッチを組み上げる
クラッチプレートを組み付けます。
事前に運転した際にクラッチの動作に異常が無ければ元通りの位置関係に戻します。
異常があった場合や、新品のクラッチプレートセットに交換するときは図解の位置で組付けます。
クラッチプレートを組み付けたら、プッシュロッドをクラッチレリーズ側の穴からエンジンに通し、ロッドの先端をプレッシャープレートに挿入します。
この時、プレッシャープレートのロッド装着穴(ブッシュ)の内部にグリスを塗布してください。
このようにして、予めプッシュロッドとプレッシャープレートを組み合わせておくことで相互の位置関係が最適になります。
プレッシャープレートとクラッチドラムの組付け位置は指定があります。
ドラムのピンの一カ所にマークがあるので、プレッシャープレートのマークに合わせて組付けます。
社外プレッシャープレートの場合でもポンチマーク等で何かしらのアピールがあります。
相互の組み合わせが正しい位置にあるときのみ、正常に組み付けることができます。
クラッチスプリングを固定するボルトのネジ山にスレッドコンパウンド等の締め付け用グリスを塗布します。
クラッチスプリングは全体を仮止めしてから対角線上に締め付けてください。
クラッチスプリングのボルトはM5で、締め付けトルクの指定は5~7N・mです。
スナップオン等の高精度な1/4用トルクレンチを使用して締め付けたいところですが、トルクレンチが無い場合は小さめの工具で硬くなるまで強めに締め付けるようにしてください。
3/8用のレンチを使用して手締めするとオーバートルクになります。
クラッチレリーズを手で押し込みつつ、固定ボルトを締め付けます。
レリーズを押し込まずにボルトだけ締めこむと斜めにレリーズが入って破損します。
レリーズを固定した後にクラッチレバーのタッチがスカスカになる場合はレリーズ内部のシールが損傷しています。
クラッチの動作確認をします。
正常に切れて半クラッチ領域があり、レバーを放したときにしっかりと接続できていることを確認してください。
異常がある場合は再度分解して間違いがないか確認します。
必要な純正部品はこちらのサイトで検索できます。
部品の注文は、一部のディーラーがDUCATIの純正部品の通販をしているので「ドゥカティ 純正部品 注文」と検索してください。
通販サイトによって部品代が異なりますが、ディーラーに直接注文すると最短1週間前後で入手できる場合もあります。
整備的な内容で不明な点があれば、当店の連絡先を当ブログのトップページにて案内しているのでご連絡ください。
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