ドゥカティ900SSのエンジン腰上の組み上げ方と規定トルク

整備関連

この投稿ではドゥカティ900SS(キャブレター車)のエンジン腰上の組み上げ方を解説します。
分解方法とシリンダーヘッドオーバーホールの仕方は以下の解説をご覧ください。

ドゥカティのバルブクリアランス調整とシリンダーヘッドオーバーホールの仕方

分解方法の大部分は割愛していますが、基本的には組み上げの逆手順になります。

これまでに完了している工程は、

  1. エンジンからフレームを外す
  2. タイミングベルトを外す
  3. シリンダーヘッドとシリンダー、ピストンを外す
  4. シリンダーヘッドをオーバーホールする
  5. シリンダーとピストンを洗浄する
  6. スタッドボルトを交換するために外す

それでは洗浄したピストンに新品のピストンリングの組付けるところから解説します。

なお、900SSの純正部品のパーツリストは海外サイトのhttps://issuu.com/marcoslara5/docs/1991_900ss_parts_catalogから閲覧できます。

ピストンリングを交換する

900SS ピストンリング 12120141A

純正のピストンリング(品番12120141A)です。
開封すると丁寧に組み付ける位置が書いてあります。
Aのオイルリング(シリンダー内にオイルを適切な量で送る役目)はピストンの下部に、
Bのセカンドリング(ピストンに加圧されるガスが漏れないようにする役目)はピストンのセンターに、
Cのトップリング(燃焼ガスや混合気を燃焼室に留める役目)はピストンの上部に取り付けます。

12120141A トップリング 12120141A 装着向き

トップリングはリブのついている方を上に向けて組み付けます。
それ以外のリングは切り欠き部分の右側に「TOP」と刻印されているのでTOP面を上に向けて組み付けます。
新品のセカンド&オイルリングにはTOPマークがついていますが、新車から装着されていた古いリングには刻印はありません。
もしリングを交換しないなら脱着せずに現状の向きを維持してください。

ピストンリングはエンジンを分解する度に交換したい部品ですが、高価で入手に時間がかかります。
日ごろからオイル管理をしっかりしていてマフラーから白煙が出るといった症状が無い低走行車で、シリンダースタッドボルト折れやオイル漏れ等のトラブルでシリンダーを外した場合はリングに損傷が無ければ再使用して問題ありません。

 

12120141A 外し方 12120141A ピストンリング 外し方

ピストンリングを外すときにリングの合い口の部分の端(エッジ)でピストンに傷が入ります。
万が一傷が入っても、シリンダーと強く当たり難いピストンピン穴の位置にリングの合い口を持ってきて外します。
リングの片方を指でつまんで持ち上げ、その隙間にステンレスのテープを挟みピストンを保護します。
そのまま軽い力で持ち上げられる程度のところまでリングを上にずらします。
無理な力をかけるとピストンが損傷したりリングが折れます。

12120141A ピストンリング 外し方

ある程度まで持ちあがったらピストンリングを後方に回します。
ピストンとリングが接触する部分には追加でステンレステープを挟んでください。
外れるまでには抵抗感がありますが、無理をせず力の入れ方を色々試し下さい。
うまくいけばスルッと外れます。
テープを切った余りの白い台紙を使ってもうまくいきます。
リングの張力はトップ→セカンド→オイルリングの順に弱くなります。
特にオイルリングは折れやすいので気を付けてください。

交換する前提であれば古いリングは折れてしまっても構わないのですが、新品のリングを入れるときの練習だと思ってください。
装着方法は外すときの逆順です。
新品を折ると大変なことになるので、装着前に古いリングを何度か脱着して練習をすると良いでしょう。

 

12120141A ピストンリング 配置

無事新品のリングに交換したら合い口の位置をこのように120°間隔で配置します。
セカンドリングの断面形状が実物は異なりますが気にしないでください。
オイルリングの中にあるスプリングの合い口は外側のリングと180°位相すると良いでしょう。

ピストンリングを交換した後にピストンに傷がついた時は爪切り程度に目の細かいヤスリでバリを取ってシリンダーを攻撃しないようにします。
ピストンをパーツクリーナーかエアダスターで軽く掃除して塵を取り払います。

その後、ピストンとシリンダーにエンジンオイルを塗ります。

ピストンリング 組付け方 900SS ピストンリング 組付け方 900SS

ピストンとシリンダーを作業台の上に画像のように配置します。
ピストンに書かれている「S」の刻印があるほうが排気バルブ(排気マニホールド)側になります。
言うまでもありませんが、後ろバンクに装着されていたピストンは後ろバンクに、元の配置の通り組み付けます。

 

ピストンリング 組付け方 900SS ピストンリング 組付け方 900SS

そのままピストンの上にシリンダーを静かに置きます。
シリンダー+ピストンを一緒に持ちひっくり返します。
これでピストンを正しい配置にすることができました。
直列シリンダーであれば先にピストンをコネクティングロッドに装着してからシリンダーを挿入しますが、Lツインエンジンは単気筒なのでピストンをシリンダーに挿入してからコネクティングロッドに装着するようドゥカティで定められています。
この方法で念入りにピストンの向きを確認すれば間違い無く組み付けることができます。
要領が判っていれば何のことないのですが、失敗を防ぐためにも愚直に進めましょう。

ピストンリングを指先で圧縮して少しずつピストンを挿入します。
リングが曲がって歪まないように気を付けてください。
間違ってもマイナスドライバーで押し込まないように、傷を入れないように気を付けてください。
無事挿入できたらシリンダー内でピストンを上下することができるか確認します。
硬くでピストンが動かないようであればリングが曲がっています。
900SSのオイルリングはアッセンブリータイプなのでまず失敗しませんが、オイルリングが分割タイプだと細いリングが曲がったまま入りスムーズに動かない場合があります。

 

ピストンが正しく挿入されていることを確認したらクランクケース側に慎重に押し出し、ピストンピンがギリギリ通せる位置に配置します。
出し過ぎるとオイルリングが飛び出して苦労が水の泡になります。

 

 

 

エンジン腰上を組み上げる

それではいよいよシリンダーとシリンダーヘッドをクランクケースに組付けましょう。

まずは新品のシリンダースタッドボルトを組み付けます。
品番と参考価格は別の記事を参照してください。

私はこのボルトが折れた車体を見たことは無いのですが、どうやらしばしば折れるようです。
一説にはボルトの締めすぎなようですが、錆びによる強度低下やサーキット走行の負荷も一因にあるかもしれません。
今回は錆びが強かったので安全の為に新品にします。

外すときに固着が強くなかなか緩まなかったので、固着と錆びを予防するおまじないでネジ山部に耐熱グリスを塗りました。
締め付けるときはシリンダーヘッドナットを2個がけ(ダブルナット)して適当な力で締め付けます。
規定トルクは無いので、しっかり奥まで締め付けて極端に強く締めない程度に装着します。
外すときはかなりの力が必要です。同じようにダブルナットで緩めますが、折れている場合は適当なナットを折れたボルトに溶接する必要がありそうです。
無理に緩めようとすればボルトが折れたりネジ山を傷めるので、クランクケースをヒートガンでじっくり温めてからボルトの根元をパーツクリーナーで急冷すると緩みやすくなります。

 

ボルトを装着したらクランクケース合わせ面をしっかりと脱脂し、新品のOリングとシリンダーベースガスケットを装着します。
Oリングとガスケットにはあらかじめ全面に液体ガスケットを塗布します。

 

液体ガスケットはスリーボンドの1215か1207Bを使用してください。
オイル漏れ対策としてはどちらの液体ガスケットでも十分です。
灰色のガスケットは乾くのに時間がかかり、黒いガスケットは速乾性で塗布から1時間後にはエンジン始動することができます。
シリンダーヘッドナットを締めるまでに固まってほしくないので、乾燥するまでの時間に余裕のある1215を今回は使用します。
新品であればチューブから出してそのまま使用できますが、古くなると中身が分離します。
その場合は適量をボール紙などに出してから指先で混ぜて使用してください。

 

液体ガスケットを塗布したらシリンダー&ピストンを挿入します。
コネクティングロッドの軸線上にピストンピンを配置したら、ピストンを左右に軽く揺らしながらピンを挿入します。
入り難くても無理にピンを叩かずに冷静に作業しましょう。

 

ピストンピンを奥まで挿入したらピストンサークリップを装着します。
サークリップは一度外したものは再利用せずに新品にしましょう。

クリップの装着は難しいです。恥ずかしながら、紹介できるような攻略法は無いので果敢にトライしてコツを掴んでください。
クランクケース内にクリップが落下するのを防止するためウエスを置いて作業しましょう。
私は先の細いマイナスドライバーの先端を削ってフォーク状に二股にしたものを使用しています。

 

サークリップを装着したらシリンダーを降ろします。
この状態でクランクシャフトを数周回して正常にピストン運動できるか確認します。
ピストンが上がるときにシリンダーが持ち上がるようだとピストンリングが曲がっている可能性があります。
組み付けに異常がないか念入りに確認してください。
シリンダーとクランクケースの間には位置決めのピンがありますが、それでもお互いの位置は若干好ましくない位置関係にあります。
この状態でピストンを上下させることで、ある程度はお互いの位置を馴染ませることができます。

 

シリンダーにOリングとオイルジェットを配置します。
将来のオイル漏れを防ぐためOリングには液体ガスケットを薄く塗布します。
Oリング等の部品の配置は分解時に写真を撮るなどして記録しておいて、組み上げ時の参考になるようにしてください。

 

シリンダーヘッドを載せる前にスタッドボルトのネジ山とヘッドナットの座面の部分にモリブデングリス等の締め付け用グリスを塗布します。
グリス塗布はメーカー規定です。

 

シリンダーヘッドを載せたら、スパナで4本のボルトを対角線上に均等に何回かに分けて締め付けます。
全てのナットが手締めで硬く締まったら一旦緩めます。
それからクランクシャフトを回してピストンを数回上下させて最終的な位置決めをします。

それ以降はヘッドを触らないようにして、スパナでナットを対角線上に均等に軽く締め付けます。
「締め付ける」というより、「ヘッドが動かないように軽く挟む」くらいの感覚でOKです。
数値では5N.m程度の締め付け具合です。

40N.m前後のレンジのトルクレンチに特殊工具を装着し、画像のようにレンチに対して特殊工具が90°になるようにして規定トルクでナットを締めます。
特殊工具を90°にして使用することで、延長してもトルクレンチの設定通りのトルクで締め付けることができます。

締め付けトルクは、900SSの場合15N→25N→40N.mです。
4個のナットを対角線上に均等に15N.mで締め、次に30N.mで締め、最後に40N.mで均等に締めるといった流れです。

締め付けが完了したら再度クランクシャフトを回し、スムーズに動作すれば問題ありません。
ドゥカティはヘッド組付けの工程はカムチェーンタイプのエンジンよりも簡単に行えます。

その他の車種でも流れは同様です。
スクランブラー以前の空冷の場合は15→25→40N.mで
スクランブラー800と1100は10→20→48N.mで
916~998、
モンスターS4は15→30→51N.mで
999やモンスターS4Rは15→30→48N.mで、
1098系エンジンは20→40→60N.mで
締め付けます。

 

 

 

タイミングベルトを取り付ける

同じ要領でもう片方のシリンダーも組み上げたら、タイミングベルトを装着します。
組み上げる過程でシリンダーやヘッドの外回りの部品にオイルが付着するので脱脂して下さい。
特にタイミングベルトに接触するベアリングに油分が付着しているとベルトと空回りしてベルト損傷します。

900SSはベルトの装着に特殊工具が要りません。

クランクシャフト側とカムシャフト側、3点のプーリの位置をそれぞれのカバーにある刻印の位置に合わせます。

各プーリーとカバーの合わせマークに黄色のマーキングをしてあります。
後ろバンク側のカムシャフトは保持しないと回ってしまう位置にあります。画像を取るために手で押さえていますが、装着時は動いてしまうので無理に合わせる必要はありません。
ベルトを装着するときにピッタリの位置に合わせてください。

 

各位置が合っている状態でタイミングベルトを装着します。
特殊工具が無いということは裏を返せば装着が難しいということです。
装着には多少のコツが必要ですが、分解前の状態になるように組み上げてください。
タイミングベルトの張りとテンショナープーリの取付ボルトはひとまず適当に手締めします。
張りは勘で多少強めでOKです。

 

ベルトを再使用するときは分解前と同じ場所と向きに装着します。
外すときは自分が後で判るようにしておいてください。

この状態でクランクシャフトを初めはゆっくり回し、ピストンとバルブが接触しないことを確認したらそのまま数周回転させてベルトとプーリの位置関係を馴染ませます。
テンショナーが曲がっているとベルトが外に移動して外れそうになることがあります。
ベアリング交換するときにテンショナー本体を曲げない限り変形しませんが、クランクシャフトを回転させるときはベルトが異常な動きをしないか気をつけて下さい。

その後、各プーリの位置がマークと合っているか再確認します。
900SSはプーリの中にあるキーの形状とベルトの山の数(と、ベルトの伸び具合)でバルブタイミングが決まります。
画像のようにマークが合っていればそれ以上の精度は出せません。

 

各マークが一致している状態で前バンク側のベルトの張りを調整します。
今回はベルトを再利用するので100Hzに合わせます。
テンショナープーリのボルト(M8)は25N.mで締め付けます。
ベルトテンションとプーリボルトを規定トルクで締め付けたらクランクシャフトを数周回転させ、再び前バンク側のベルトテンションを計測し、目標値とずれていたら(±5Hzまで許容)再度調整します。
テンショナーボルトを規定トルクで締める時にテンションがずれるのでそれを見込んで張りましょう。
かなりシビアな調整になるので、静かな環境でじっくりと取り組んでください。

 

前バンクが完了したらクランクシャフトを進行方向(反時計回り)に回転させ、後ろバンクのピストンが最も高くなる位置にします。
左エンジンカバーにあるチェック窓を覗くと画像の様な位置にフライホイールのマークが来ます。
チェック窓が無い車種では、いずれもクランクシャフトを正回転させて最初に後ろバンクピストンが最も高くなる位置が後ろバンク圧縮上死点にあります。
この時にシリンダーヘッド内のロッカーアームがフリーになっているのでこの時を基準にベルトの張りを合わせます。
ベルトの張りは前バンクと同じ数値にします。

ベルト張り調整の詳しい解説は以下のリンクをご覧ください。

ドゥカティのタイミングベルトの張りの見方

ドゥカティのタイミングベルトの交換方法

今回はiosのアプリを使用していますが、正規のベルトテンション計測器も一般に入手可能です。
テクサ TTC[タイミングベルト テンション チェッカー]
当ブログで紹介しているアプリはTEXAのベルトテンションチェッカーと同等精度であることを確認しています。
このアプリが入手できない場合は他に代替案が無いので、高価ですがチェッカーの購入をお勧めします。

最後に、スパークプラグを片方バンクのエンジンに取り付けてクランクシャフトを回転し、途中から回す力が重くなればシリンダー、ピストン、シリンダーヘッドの組付けとバルブタイミングは正常です。
エンジンに車体を組み付けて電装系の配線を間違えなければきっとエンジンはかかるはずです。

これ以降の解説は車種ごとに異なるので割愛します。

エンジンマウントボルトの締め付けトルク

最後にエンジンマウントボルトの締め付けトルクを案内します。

900SS
・ボルト径M10×P1.5
・片方のボルトはナット締め、片方のボルトはナット無し
・締め付けトルク→ナット、スクリュー側ともに42N.m
・グリス塗布指示無し

それ以外の車種でマウントシャフト貫通タイプ
・ボルト径M12×P1.25 or 1.50
・両方のボルトはナット締め
・締め付けトルク→前後ともに60N.m
・グリス塗布指示有り
・空冷/水冷同様

水冷テスタストレッタ系エンジンのモンスター等
・エンジンマウントボルトは4本、貫通せずエンジンに締め付けるタイプ
・全てのボルトの締め付けトルク→90N.m
・グリス塗布指示有り
・社外エンジンスライダーを装着している場合は、スライダーのボルトを無理に90Nで締めずに折れないように気を付けること

 

なかなかハードルの高い作業ですが、DIYでチャレンジしたい方、整備士の方は是非この解説を参考にしていただければ幸いです。

 

コメント

  1. 岩清水寺 より:

    最近名前が変わったプロテリアルってピストンリング用素材を作っているって最近知りました。

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