今回は、以前から多くの方からリクエストのあったドゥカティのバルブクリアランス調整とシリンダーヘッドオーバーホールの手順について解説していきます。
教材は空冷エンジンになりますが、難易度は工具が揃ってさえいれば水冷も同等です。
水冷に関してはいつか教材があれば紹介したいと思います。(サービスデータについてお問い合わせがあればご連絡ください。)
今回の内容は整備上級者向けです。
整備士か、DIY派でも熟練者向けになるので一般的な工具の取り扱い方や整備技術については割愛します。
2023年1月22日、内容を追加しました。
スクランブラー800のヘッドでバルブステムシールを交換する手順を記載しました。
スクランブラーはバルブのステム部分の直径が7mmで、水冷車と同じ太さです。
空冷では2000年代半ば以降のエンジンでは全て共通の手順になります。
料金について
この記事ではDIYでドゥカティのシリンダーヘッド(デスモドロミック)を整備する手順に焦点を当てて解説していますが、ショップに依頼した時の料金が気になる方もいると思います。
参考までに当店の料金についてご案内します。
デスモサービス(ドゥカティが定めているデスモドロミックの定期的な点検整備)の料金はお店によって統一ではなく相場は無いので、あくまでも当店独自の料金としてご理解ください。
費用はお店ごとの運営固定費(店舗の土地代や人件費、設備の充実度)で変動するので、一概に安い高いのご意見はご遠慮下さい。
ご依頼の際はお見積り作成します。
ただし、エンジンを分解しないと詳細な料金を出すことができないので、上の料金例を参考に予算をご用意の上ご相談ください。
遠方のお客様のご依頼も大歓迎です。
当店は名古屋市にありますが、場所によっては引き取り料金が配送業者よりも高額になります。
ひとまずはご相談ください。
シリンダーヘッドもしくはエンジン単品で送っていただいても整備できます。
お問い合わせの際は当ブログのトップページにあるご案内を参照ください。
前置き
①ドゥカティのエンジンの特徴
ドゥカティのシリンダーヘッドの構造はユニークで、「デスモドロミック」という機構を採用しています。
これはバルブの開閉の殆ど全てを強制的に行う構造で、ビッグバルブ(重たいバルブ)やハイカム(バルブを急に開閉したり、長いストロークにする)を実現できることがメリットです。
サージング(高回転でのバルブの異常動作)しないというメリットもありますが、多くのドゥカティは2気筒なので4気筒よりも低回転型なり、そのメリットはあまり実感できません。
また、バルブスプリングが無いからカムシャフト駆動ロスが少ないとも言われまが、通常のコイルスプリングタイプと比べてカムシャフト一回転分に要するエネルギーに大きな差は無いようです。(コイルスプリングタイプは開けるのは重いが閉じる時にスプリングが勢いをつけてくれる為)
やはりデスモドロミックのメリットは「ノーマルなのにビッグバルブでハイカム」です。
バルブが大きいので排気音も太くて独特のエンジン音になります。
motoGPのようなレースの世界では最速で、市販車では迫力のあるサウンドとハイパワーを体感できる。
これがドゥカティのエンジンーデスモドロミックの特徴です。
②バルブクリアランス調整は定期的に必要か?
結論から言うと、普通に乗っていればドゥカティだからといってバルブクリアランスを気にする必要はありません。
一般的に、デスモドロミックは厳密な構造ゆえにバルブクリアランスの調整を頻繁に行う必要があると言われています。
車種にもよりますが、メーカーの指定ではおおよそ2.5~3万kmごとに調整が必要とされています。
それは国産の通常のコイルスプリングタイプのバイクでも同様に指定されており、ドゥカティのメンテナンススパンも同程度です。
しかしながら、コイルスプリングタイプにせよデスモドロミックにせよ、メーカー指定のメンテナンススパンを無視しても、オイル交換さえしていれば案外平気に長い間走れてしまうものです。
調子が良ければ結果的にエンジンの状態やバランスは良好なので、点検をするのは良しとして、部品同士の厳密な位置関係を保っているクリアランス(隙間)を不調でもないのに無用に動かす行為は極力避けましょう。
ドゥカティで気を付けた方が良いのはタイミングベルトとベルトテンショナーベアリングの破損によるエンジンブローです。
タイミングベルトのメンテナンスについてはこちらの記事を解説しています。
バルブクリアランス調整はエンジンが車体に乗った状態でバルブカバーを外せば可能です。
しかし、その状態で作業をするのは得策ではありません。
③カーボン噛みについて ~バルブクリアランス調整する前にちょっと待った!~
バルブクリアランス調整が気になる程度に走行距離の伸びているバイクのシリンダーヘッドには、多かれ少なかれカーボンが堆積しています。
そのカーボンはバルブと、バルブの収まるシートの間に堆積します。
カーボンがバルブに噛みこんでいるとバルブはピストン側に移動するので、ロッカーアームとバルブステム、カムシャフト間の隙間(バルブクリアランス)は初期値から変化します。
デスモドロミックのクリアランスは0.01mm単位で調整しますが、空冷の場合は0.01mm未満のシックネスゲージが通用しない精度が要求されます。
それ程までに厳密にクリアランス調整した後にカーボンが何かのきっかけで落ると、再び隙間が変化し苦労が水の泡になります。
忙しかったりバイクを大切にしようとして、低回転オンリーの近距離走行を繰り返すと燃焼室にどんどんカーボンが堆積します。
するとバルブの隙間にカーボンが噛みこんで圧縮不良となりエンジンが始動できなくなったり白煙が大量に出ます。
そこからヘッド内部のクリーニングをせずに車載状態でバルブクリアランスを調整して、整備が終わった嬉しさでロングツーリングに行きます。
すると内部に貯まったカーボンがロングツーリングで焼けきって燃焼室がスッキリします。
そしてカーボン噛みありきで調整したバルブクリアランスが狂ってしまい、再び不調…
この負のループだけは避けましょう。
もしエンジンの始動性や圧縮に異常があれば、WAKOSのフューエルワンを一回の給油でボトル半分使用し、高回転まで回しながらロングツーリングするか、サーキットを走りましょう。
それを満タン給油2回分繰り返せば多少のカーボン噛みは直ります。
もしくはキャブレターorスロットルボディ、エキゾーストパイプを外してからバルブにWAKOSのエンジンコンディショナーを直接スプレーしてからエンジン始動することで強制的にカーボン除去します。
これだけのメンテナンスで殆どの場合はヘッドの状態を良好に保てます。
オイル交換を定期的に行い、ある程度回し気味に走っていれば10万kmエンジンオーバーホール無し&バルブクリアランス調整無しでも快調に走っているドゥカティはたくさんあります。
④シリンダーヘッドをオーバーホールする条件とは?
簡易的な方法でカーボン除去をしバルブタイミングのチェックで異常が無いのに、シリンダーの圧縮圧力が低くて調子が悪いときの原因は以下が考えられます。
- 不適切なオイルによる圧縮不良
- バッテリーが弱くて圧縮できていない
- セルモーターの回転が弱くて圧縮できていない
- スパークプラグの締め付けが緩い
- シリンダーヘッドナットが緩んでいる
- シリンダーヘッドガスケットの気密不良
- 開側のバルブクリアランスが狭くなりすぎている(バルブシートの摩耗)
- バルブシートの密着不良
- ピストンリングの摩耗か異状
- シリンダー内壁の摩耗か異状
- シリンダースタッドボルトが折れている
6~11が原因の場合や、エンジンからのオイル漏れ、白煙がある場合、オーバーヒートした後にエンジンが不調になった場合、簡易的方法でカーボン除去できない場合、精神衛生的にどうしてもオーバーホールがしたい場合に、初めてシリンダーヘッドに手を出します。
シリンダーヘッドオーバーホールに必要な部品
まず、ヘッドオーバーホールする上で最初に必要になる部品を紹介します。
教材車は1996年式900SS 空冷のキャブレター車です。
ドゥカティの純正部品は取り寄せに時間がかかるので、これらの最低限必要になる部品をあらかじめ用意しておくと良いでしょう。
900SSのパーツリストを探すにはこちらの海外サイトを利用しました。
特に怪しいサイトではなかったので、広告等をクリックしない限りウィルス感染の心配は無さそうです。
多少重たいので、PCでの閲覧をお勧めします。
品番:79120031A エンジンガスケットセット 1個
ドゥカティはエンジンに使用する大まかなガスケット類をセットで購入できます。
大抵、バルブステムシールも入っているので、注文する場合は品番を画像検索して内容物を確認すると良いです。
セットの中にあってしかるべきガスケットが何故か入っていなかったり、逆に突拍子もない箇所のシールが入っていたり、サービスで余分な個数が入っていたりするので、きっちり組み上げても最終的に部品が余ることが多々あります。
それぞれの部品を単品で購入するよりもセットで購入した方が遥かにリーズナブルになります。
ガスケットセット1個で一台分、前後バンクがまかなえます。
とはいえ、車種によるので注文前に画像検索で入念に確認してください。
品番:020470105 カムシャフトオイルシール 2個
カムシャフト軸のオイルシールです。
空冷はカムの片方をキャップで閉じているので、カムシャフト一本あたり一個のオイルシールが必要になります。
2個で一台分になります。
これはエンジンガスケットに入っているべき部品では?と疑問に思いますが仕方ありません。
モノタロウで汎用品を入手したい方にオイルシールのサイズと刻印を案内します。
内径:22mm 外径:35mm 厚さ:7
刻印:BAU3X2 22X35X7 CZ CFW A2
色:濃い(暗い)青
回転体に使用するだけなので、150℃以上の耐熱性とオイル耐性、サイズ適合があればNOKでも代用できるのではないでしょうか?
品番:70350062A カムシャフトナット 2個
タイミングベルトのかかるプーリーをカムシャフトに固定する特殊ナットです。
緩み止め構造で、脱着する度に交換しなくてはいけません。
カムシャフト1本あたり1個使用します。
シリンダーヘッドを車体から外す
まずはエンジンから車体を外します。
ドゥカティはエンジンにフレームという名のブラケットが着いているのです。
前バンクのヘッドをオーバーホールするだけなら吸排気系を外すだけで車載状態でも脱着できますが、後バンクも作業する場合はエンジン単品にする必要があります。
タイミングベルトを外します。
再利用する場合は元のバンクのヘッドに、元の向きで装着しなくてはいけません。
組み上げる時に元に戻せるように、自分が判るようにベルトにマーキングしておきます。
同時にバルブタイミングがどのような位置関係で決まっているのか、ということも写真を撮るなどして記録しておきます。
ドゥカティは前バンクシリンダーが圧縮上死点にあるときに、ヘッドやクランクケースにある各マークが一致するようになっています。
クランクシャフトを回転させるには、エンジン左側にある窓を外して特殊工具を装着して回します。
M8ボルトをねじ込むだけでも代用できなくはないですが、正回転(反時計回し)させる時にボルトが緩みます。
創意工夫で乗り切るか、先々を考えて購入するかはお任せします。
今回使用する特殊工具の多くはMARCという特殊工具を扱っているショップさんで一般に購入することができます。
画像では純正の特殊工具を使用していますが、エンジン回転ツールという名称で同じ機能の工具が販売されています。
シリンダーヘッドをエンジンから外し、単品にします。
ここまでの手順はエンジンオーバーホールにチャレンジするほどのスキルをお持ちの方であれば解説不要なので割愛しました。
ヘッドは作業台などにしっかりと固定できるようにする必要があります。
カムシャフト軸の特殊ナットは高トルクで締め付けるので、外すときはインパクトドライバーで緩めることが出来ても、締め付けるときにはトルクレンチで管理する必要があり、そのためにはヘッドを作業台に固定することが大事です。
画像ではバイスにM10ボルト(110mm)2本をクランプして木片を敷いた上にヘッドを載せてナットを締め付けて固定しています。
ヘッドをバイスに固定する特殊工具は存在しますが、この方法であれば殆どコストがかかりません。
カムシャフトの回転止めと特殊ナット用ソケットは自作や代用をせずにマルクさんの特殊工具を使用したほうが無難です。
最初にバルブクリアランスを計測する
分解する前に現状のバルブクリアランスを確認します。
オーバーホールで大事な事は、単に清掃と部品交換をするだけではなく、各部の状態を点検し修正するべきところを把握し、必要に応じて対処することです。
実務の都合上、画像では既にヘッド清掃とカーボン除去とバルブの摺り合わせが完了した状態です。実際にはカーボン除去をする前の状態で事前のクリアランス計測をして下さい。
効率的に計測をするには以下の手順を参考にして下さい。
①オープン側バルブクリアランスを計測する
バルブカバー(水冷ならシリンダーヘッドカバー)を外し、バルブを開く側のロッカーアーム(オープニングロッカーアーム)の下にあるシム(オープニングシム)をつまみながらカムシャフトを回します。
オープン側のシムにはクリアランスがあるはずなので、カムシャフトの位置によって最もシムがカタカタと上下に遊ぶポイントがあります。
カムシャフトを、オープン側クリアランスが最大にある位置にキープします。
もしオープンシムのクリアランスが全く無い場合は「バルブが突いている」状態なので、圧縮はダウンしています。
クリアランスが最も広い時にギリギリ挿入できるサイズのシックネスゲージをロッカーアーム先端とオープニングシムの間に挿入します。
ゲージを挟んだままの状態でカムシャフトを回転させ、全周で抵抗感があるか確認します。
今回は0.09mmのゲージを差し込んだ時にカムに抵抗感が発生しました。
0.08mmのゲージを差し込むと、多くの位置で抵抗感があるものの、一点だけは抵抗感なくスムーズに回せます。
この場合のクリアランスは全周でカムの回転に抵抗感のある0.09mmであると判断します。
これで、「前バンクヘッドの吸気側のオープン側のバルブクリアランスは0.09mm」と判明しました。
引き続き前後バンク吸排気側のオープン側クリアランスを同じ要領で確認します。
シムを差し込んだ時の抵抗感(よく言うバターをナイフで切るときの感覚)でクリアランスを判断する方法は曖昧で、ゲージが曲がっていると測定しにくいです。
デスモドロミックはカムシャフトを手で回せるので、このような方法で計測することができます。
②カムシャフトキャップを外す
カムシャフトの片側を支えている、ベアリング内蔵のキャップを外します。
キャップ内蔵のベアリングとカムシャフト軸との間にシムが入っているので紛失に気を付けて下さい。
空冷の場合、このキャップがロッカーアームシャフトの抜け止めの役割をしています。
水冷の場合はクロージング側の計測をする分にはロッカーアームシャフトを脱着する必要はありません。バルブ脱着に伴いシャフトを外す場合は、916~999系エンジンではエンジン左側の大きなカバーを外します。
1098以降のテスタストレッタ系エンジンではキャップボルトがあるので、それを外します。
③オープン側ロッカーアームを外す
ロッカーアームの位置を保持する役割のクリップをピッキングツールで外します。
クリップ両端側にもシムが入っている場合があるので意識しておいてください。
最初から無い場合はそれで良いです。
クリップは捻じれて変形したような形状になっていますが、曲がってしまったわけではなく、そういった形をしてるものです。
バネの力でロッカーアームを壁面に押し付ける役割をしています。
ロッカーアームを外す場合には不要な手順ですが、オープン側シムを外す手順を動画にしたので参考にしてください。
オープニングロッカーアームシャフト軸のボルト穴に引き抜きのできる工具を装着します。
シャフトはオイルで密着しているので、抜き取るときに負圧によるバネのような抵抗感がありますが、そのまま引き抜いて下さい。
ロッカーアームが落下しないように気をつけてください。
外したロッカーアームは配置を間違えないように整列して保管します。
オープン側シムはバルブステムに載っているだけなのでそのまま外すことができます。
シャフトの脱着に使用する工具はこのような形で自作しています。
要はシャフト軸のネジ穴にボルトを装着できれば良いので、面倒であればこのような小難しい工具を用意する必要はありません。
私は業務上使用頻度が高く、純正の特殊工具が重くて使いにくいので自分用に作成しました。
オープニングロッカーアームの外し方です。テキストで手順を把握し、動画でイメージを補足してください。
④クロージング側バルブクリアランスを確認する(0.00mmかどうか?)
カムシャフトを回し、クロージング側ロッカーアームの先端部とカムシャフトのクロージング側山部が最も近くなる位置にします。
この時にカム山とロッカーアームの先端部が接触するような抵抗感が、カムシャフトを回している手に伝わってくるか確認します。
抵抗感が無ければクロージング側のバルブクリアランスはあります。
抵抗感があればクロージング側のバルブクリアランスはありません。
理想は、微妙な優しい抵抗感(接触感)があってバルブクリアランスが0.00mm(付かず離れず)であることです。
空冷エンジンのクロージング側バルブクリアランスは、バルブとシートにカーボンや異物噛みの無い清浄な状態で0.00mmが理想です。
0.00mmの解釈は整備士によって違うと思いますが、私の解釈は以下の通りです。
・優しい抵抗感(接触感)があれば0.00mm。
・強い抵抗感(接触感)があれば0.00mmよりも狭いクリアランスになっている。(マイナスのクリアランス)
「優しい」を表現すると、200年に一度舞い降りる天女がその羽衣で岩を撫でるときのような感触です。
一方、マイナスクリアランス(-0.01mmや-0.02mm)だとロッカーアームとカム山がきつく接触するのでフリクションロスが発生し、バルブシートが彫り込まれたり、ロッカーアーム摺動面のメッキが剥がれるリスクがあります。
クロージングロッカーアームはデスモドロミック独自の機構で、これがバルブを閉じる役目を担います。
ロッカーアームを閉じる側に押し付けるスプリングはありますが、張力が弱いため始動~アイドリング時にバルブをしっかり閉じる役目しかありません。
走行時にはクロージングロッカーアームの0.00mmクリアランスと燃焼圧力がバルブを押し出す力で圧縮を保っています。
それゆえに空冷のクロージング側バルブクリアランスは0.00mmが規定値となっています。
尚、水冷の場合は熱膨張を加味して0.03mm程度が規定値です。
また、空冷であっても0.05mm程度のクリアランスがあっても実用上の体感できるような悪影響は発生しません。
メーカーが理想とする状態が0.00mmなので、親の仇のように気にすることはありません。
とはいえ、エンジンを理想的な状態にすることがオーバーホールの目的なので、バラしたからには出来る範囲でキッチリ仕上げていきましょう。
⑤クロージング側バルブクリアランスを確認する(何mmのクリアランスがあるか?)
まず、クロージングシムを外す様子を動画で紹介します。後の解説を理解するのにお役立て下さい。
カムシャフトが全周で抵抗感なく回り、クロージング側のバルブクリアランスがある場合は以下の手順で計測します。
クロージングロッカーアームを押したり位置を固定するために、画像の様な形状の工具を準備します。
使い古した木製のワイヤーブラシの柄の部分を切って削ってあります。
太さや先端のカーブが重要ですが、これを大体の参考に現物合わせて少しずつ調整して作成してください。
この用途の工具は純正でも工具メーカーでもリリースされていません。下積み時代に購入した、デスモドロミックの整備を解説したアメリカのVHSで紹介していた方法を真似たものですが、手を傷めないように先端にゴムキャップを被せて改良してあります。
木か樹脂製でないとロッカーアームやバルブステム、ステムシールを傷めてしまいます。
手近にある素材で各自工夫してください。
10年程活躍していますが、我ながら使い勝手が良いです。
カムシャフトを回し、ロッカーアームとカム山の隙間が最大限にある位置にします。
この位置の状態で木の棒を使ってクロージングロッカーアームを押し下げます。
押し下げることが出来ない場合はカム山とロッカーアームが接触しています。
カムシャフトは一番重い部分が地面側に自然に回るので、気が付ないうちに回転していることがあります。
バルブステムの先端を指で押して押し下げることもできますが、指を傷めます。
工具を使用するか、指で直接押すかは各自に合った方法で行ってください。
片手でクロージングロッカーアームを押し下げておきながら、先端を細い形状にした木の棒を反対側のバルブカバーから差し込みます。
差し込む位置は、クロージングロッカーアームの先端部とシリンダーヘッド地面部の隙間です。
すると、ロッカーアームを押し下げられた状態でキープすることができます。
バルブステムを摘まむと動かすことができるようになり、クロージング側のシムがフリーになります。
ロッカーアームとクロージング側シムの間に手持ちの一番薄いシックネスゲージを挿入します。
シムの片側半分にゲージが挟まっていればOKです。
この状態でロッカーアームの下に挟み込んだツールを外し、カムシャフトがフリーで回せる状態に戻します。
先ほど外したカムシャフト左側を支えるキャップを装着し、カムシャフトを両軸で支えている状態にします。
この時、キャップを装着するボルトは奥まで締め付けなくても良いです。
カムシャフトを回転させて、抵抗感が発生するかどうか確認します。
以下の例を参考にクリアランスを把握する方法を理解してください。
- クロージングシムの隙間に0.03mmのシックネスゲージを挿入した。
- カムシャフトを回したが抵抗感が発生しなかった。
- 次に、0.04mmのゲージを挿入し直した。
- カムシャフトを回すと抵抗感が発生した。
→クロージングバルブクリアランスは0.04mm
次に注意点です。
- カムシャフトやロッカーアーム、シムなどの各部にエンジンオイルを塗布した状態で計測する。
※画像では撮影するために脱脂してあります。実際にはオイルが入った状態で稼働するので、それを再現して計測して下さい。 - 出来れば片方のクロージングロッカーアームのシムを外した状態で計測する。
※片方(エキゾースト側やインテーク側)が0.00mmだと、カムを回した時に片方の抵抗が触感として伝わり、どちら側のクリアランスが抵抗感を生んでいるか判断しにくくなる。
シムの外し方は先ほどの動画と次の解説を参照して下さい。 - クロージングを摘まんで1/4周づつ回して抵抗感を確認する。
円形のシムは片減りしている可能性があり、位置によって0.01mm単位でクリアランスが変わる場合がります。
⑥クロージングシムを外す
先ほどのシックネスゲージををシムとロッカーアームの間に挿入した時の状況に戻します。
この状態であればバルブステムがフリーに動きます。
バルブを外側(バルブカバー側)に押し出し、クロージングシムを押し下げると「ハーフリング」というコッターがバルブステム先端部の溝にあるのが確認できます。
バルブ1本あたり2個装着されているので、紛失しないように気を付けながらハーフリングを外します。
すると、クロージングシムを外すことが出来ます。
バルブステムの先端はエンジン稼働時に打撃されているのでバリが立っています。
このバリが邪魔をしてクロージングシムを抜き取るときに引っかかりますが、強めに引き抜けば外せます。
神経質な方はステム先端のバリをヤスリなどで丸くしてからシムを抜き取りましょう。
バルブステム直径が8mmのエンジンではクロージング側のロッカーアームを外す必要はありません。
外してしまうと装着が非常に難しいので、損傷していない限りノータッチです。
脱着手順はオープン側ロッカーアームと同様ですが、装着時にリターンスプリングの反力が邪魔して困難極まります。
専用の純正特殊工具は存在しますが、それを使っても難しいです。
気を付けてもリターンスプリングのエッジでヘッド内部が傷つきます。
できるだけクロージングロッカーアームは外さないようにしましょう。
ただし、バルブステム径7mmのエンジン等、車種によってはバルブステムシールを交換するときに打込工具がロッカーアームに干渉する場合があります。
その時は腹をくくって外します。
水冷の場合はバルブステムシールを交換する際には間違いなくクロージングロッカーアームを外す必要があるので、クロージングロッカーアームプリロードキットを使用すると便利です。
ここまでの手順はシリンダーヘッドを外していない状態ーエンジンと車体が着いている状態でエアクリーナーボックスを外せば可能です。
車載状態でシムを外す時に気を付けてほしいのは、ピストンを上死点にしていないとバルブがシリンダー内に落下する恐れがあることと、ハーフリングがオイル供給穴に落下することがあることです。
ちなみに新車の初回点検でオイル交換をすると、ハーフリングがドレンボルトの穴からオイルと一緒に流れ出てくることがあります。
ぞっとしますが、オイルを送るときはメッシュフィルターを経由するのでオイル通路にリングが引っかかってエンジンブローすることは無いようです。
イタリアでドゥカティのエンジン組立を担当している方には、もうちょっと気を付けて欲しいです。
以上の手順を参考にインテークとエキゾースト側それぞれの現状のバルブクリアランスを確認していきます。
空冷2バルブの場合はヘッド一つあたり4カ所、一台分なら8カ所の計測をします。
水冷は4バルブなので2倍、合計16カ所です。
デスモドロミックは通常のコイルスプリングタイプのヘッドよりも2倍以上の手間がかかるのです。
外したシムの厚さを計測する
先ほどの工程で外したシムの厚さを計測していきます。
計測をするには特殊工具が必要になります。
シムを計測する理由は、バルブクリアランスを調整するときにあと何mm厚いor薄いシムが必要になるか?を把握するためです。
運が良ければこの後解説するバルブの摺り合わせやシムを削るだけで間に合い、交換しなくて済むことがあります。
そのため、今の段階では無理に厚み計測をする必要はありませんが、今後の為に解説します。
以降の解説では「実有効部」という造語を使用します。
これはシムの実際に厚さとして意味のある部分を指しています。
ドゥカティのパーツカタログで表示されているシムの厚さは、この「実有効部」で表記しています。
使用する工具
- デジタルノギス(0.01mm単位)
- マイクロゲージ
- バルブシム測定ツール(真鍮製)
以下の方法で紹介している計測方法で使用するシム測定ツールはマルクさんで1,400円程で購入できます。
オープン用とクローズ用の2個ワンセットの商品ですが、私はクローズ用しか使用しません。
他にも、ロアバルブシムチェックスペーサーという商品が7mmステム用に販売されています。
使用方法は以下で紹介する方法と似た要領です。
デジタルノギスは大変高価ですが、私の計測方法ではクロージングシムの厚さを計測する際に必須です。
マイクロゲージはオープンシムを計測するために使用します。
ノギスやマイクロゲージの使用方法は割愛します。
オープン側シムの計測方法
マイクロゲージを使用してシムの傘の内側部分と外側(天面部)の厚さを計測します。
傘の部分はバルブステムの先端に引っかかる部分なので、有効な厚さではありません。
これがオープニングシムの実有効部です。
クロージング側シムの計測方法
画像の向きでシムに測定具を挿入します。
シムと計測ツール合わせた全長をデジタルノギスで測り、そこから9.00mmマイナスします。
これがクロージングシムの実有効部になります。
これをマイクロゲージで行うとシムが傾いてしまい厳密に計測することができません。
ノギスで、シム+計測ツールを均等な力で挟む必要があります。
アナログ式ノギスの精度は0.05mm単位なので、0.01mm単位まで計測することができません。
バルブステムにシムが引っかかるハーフリングの溝部から先の部分を計測しています。
つまり、この溝の部分がシムの厚さとは関係無いので、実有効部を割り出すにはクロージングシムの全長から溝の部分を省きたいのです。
しかし、溝から上の部分を0.01mm精度で直接計測する測定機器が無いので、シム測定ツールが必要になるのです。
先ほどの、「シムに測定ツールを装着した全長から9.00mm差し引く」の根拠は、シム測定ツールのハーフリング溝を省いた部分の全長が9.00mmとなっているからです。
これほどの精度になると、温度や測定ツールの損傷が影響してきます。
計測環境と機器の管理に気をつけてください。
シリンダーヘッドを分解する
現状のバルブクリアランスとシムの厚さを測定したらいよいよヘッドを分解していきます。
まずは先ほどの項目を参考に、吸排気のバルブカバー、オープニングロッカーアーム、バルブ、左側のカムシャフトキャップを外しておきます。
カムシャフト右側のプーリーを固定している特殊ナットを専用工具で緩めて外します。
このナットは高トルクで締まっているので正攻法でないと緩めることができません。
電動インパクトを使用すれば外せなくはないですが、カムシャフトが高速回転して抑える手が巻き込まれて怪我や破損のリスクがあります。必ず特殊工具を使用して慎重に取り外して下さい。
プーリーを外すと、カムシャフトに位置決めのキーが残ります。
これは本当に紛失しやすいので袋にまとめる等して厳重に保管してください。
このような小さくて簡素な部品であっても、無いとバイクは走ることさえできません。
今はあるか不明ですが、オフセットキーという変形した形状のものがオプションで存在していて、プーリーを位相することでバルブタイミングを進角し高回転型にすることも出来ました。
2000年代になるとプーリーの進角を無段階調整できるようになったので、それからはオフセットキーは無くなりました。
私も自分のバイクで試しましたが、進角するとあまりにもピーキーで公道では乗りにくくなりました。
カムシャフトを回転させながらキャップ側に引き抜きます。
カム山がクロージングロッカーアームに干渉すると抜けないので位置を確認しながら軽く叩いて外します。
カムシャフトの端にはワッシャーがあります。ヘッド側に付着している場合があるので紛失しないように回収して下さい。
カムシャフトを抜いたあとはオイルシールの所にカラーが残ります。
カラーの存在は車種によります。分解時はパーツリストを参照して構成部品を確認して作業して下さい。
ロッカーアーム周りを点検する
ある程度分解したら各パーツの点検をします。
外す必要のない部品や交換するシール類はこの段階では外す必要はありません。
交換する部品は、交換する時に外します。そうしないとボルトや構成部品を紛失したり手順を忘れてしまうからです。
オープンとクローズ側のロッカーアームとカムシャフトの山の部分が摺動(回転接触)する部分の状態をチェックします。
この部分には特殊なメッキがされており、抵抗や騒音を減らす役割があります。
上の画像では多少の波うちや接触痕跡がありますが、許容範囲です。
この状態のメッキはNGです。
端の部分が剥がれています。
気のせいかな?レベルではなく明らかに損傷しているような状態であれば交換が必要になります。
この場合、カム山と接していない端の方のメッキが損傷しているので実際にはエンジンノイズや摺動抵抗は発生していなかったでしょう。
機能的には支障ありませんが、今後の使用で剥がれた部分が拡大する可能性もあります。
今回はお客様の意向で交換することになりましたが、予算や時間の都合が合わないときはヤスリでバリを取って再利用することも可能です。
もし摺動面(真ん中のあたり)のメッキが剥がれていたら可能な限り交換しましょう。
このメッキ剥がれの原因は定かではありません。
ただし、冷間時に不必要な空ぶかしをしたり、渋滞路にはまったり、サーキット走行をしてオーバーヒートするとオイルによる潤滑が間に合わなくなり、メッキ剝がれしやすくなると思われます。
ロッカーアームとカムシャフトの表面に損傷が無いか確認したら、各部のボールベアリングの状態を点検します。
オイル管理がしっかりしていれば摩耗しない部品なので、触診で異常が無ければ交換する必要はありません。
バルブを点検する
バルブガイドとステムのガタを点検する
バルブをヘッドに挿入し、曲がりやガタを点検します。
バルブをヘッド内で回すことができればステムの曲がりはありません。とはいえ、回らない場合はバルブとピストンが接触してエンジンブローした時ぐらいなのであえて点検するほどでもないでしょう。
バルブを上下左右方向にゆすり、ガタを確認します。
「コトコト」程度のガタであれば問題ありません。
インテーク側よりもエキゾースト側の方がガタが大きくなりますが、実際にはヘッドは熱くなっている状態で稼働するので、冷間時には若干程度のガタがあっても温間時にはピッタリと合うようになります。
エキゾースト側のバルブは排気熱に晒されるので冷間時のガタは大きい方が理想的です。
ただし、明らかに大きなガタがあると温間時でもバルブステムが踊ってしまい、バルブステムシールからのオイル放出量が多くなり、オイル下がりします。
その場合はバルブガイドの打ち替えが必要になります。
そのようなガタはオーバーヒートによる明らかなエンジンブローがあった場合に発生します。
日ごろからオイル交換をしていて公道走行のみで、温間時のアイドリングで大量の白煙を吐いていなければ、バルブのガタを神経質に気にする必要はありません。
尚、70年代の国産車のヘッドはもっとバルブガタがある場合があります。それでも平気で走っていたりします。
バルブの当たり面を確認する
バルブの傘の部分とシリンダーヘッドの当たる部分の良否判断をします。
この段階では、大幅な修理(バルブシートのカットや交換)が必要になるかどうか?を判定します。
光明丹という機械用の着色料を用意します。中にはオレンジ色のパウダーが入っています。
これをひとつまみ程度、適当な器に移して灯油かオイルを少量入れて、指先で混ぜながら薄くサラサラに溶きます。
指先にサラッとした感触で着色料が付着すればOKです。
溶剤は蒸発しにくい油を使用してください。
バルブの傘の部分に薄く均等に光明丹を塗ります。
画像はカーボン除去した後のバルブですが、本来は清掃前でも点検に支障ありません。
バルブをヘッドに挿入し、バルブの燃焼室側の面を指先ではじくようにしてヘッドに何回か叩き入れます。
この時に「パンッ」とか「ポンッ」という高い音がすれば当たり面は正常です。
バルブを叩き入れるとヘッドのバルブシート側にも光明丹が付着します。
バルブシートを一度布で拭き取ります。この時、バルブの方に付着している光明丹は拭き取らずにそのままにしてください。
再度バルブを叩き入れてヘッド側への光明丹の付着具合を確認します。
私は光明丹を一度拭き取った後の二度目の付着具合で当たり面を判定するようにしています。
画像の様に全周がオレンジ色に着色できれば良好です。
この時、全体の1/3以上付着しない状態であればNGです。
オーバーヒートでバルブシートが歪んでしまうとそうなりますが、この場合はエンジン始動困難になっています。
オーバーホール前に正常に始動できていればバルブシートのカットや交換は必要無く、余程のことが無い限りそこまでする必要はありません。
一般的にはオイルの温度が120℃以上になると添加剤の性能が一気に低下しオーバーヒートに至ります。
サーキット走行や真夏にツーリングする時は油温計を装着したり警告灯に気を付けてオーバーヒートしないようにしましょう。
空冷の場合、着色料の当たり幅(バルブ当たり面)の規定値は1.0~1.5mmです。
とはいえ空冷の場合は1.5mmより広くても良好と判断します。
空冷はヘッド周りの冷却力が弱く、バルブとシートの当たり幅が広い方が冷却に有利だからです。
広すぎると当たった時の面圧(圧力)が弱くカーボンを落とす力が低下すると言われていますが、オーバーヒートして焼き付くよりはカーボン噛みした方が安全です。
当たり幅が3mm等、明らかな異常(べた当たり)であればバルブシートカットしますが、この場合でも始動不良などのトラブルが無ければ現状維持で行きます。
バルブの摺り合わせをする
バルブシートカットをする必要無いと判断したら、ヘッドの燃焼室とポート、バルブステムに付着したカーボンをキャブレタークリーナーやワイヤーブラシ等で除去します。
次にバルブとシート間の擦り合わせについて解説します。
走行すると少なからずシートにカーボンが付着するので、これを擦り合わせて除去することで圧縮圧力を回復し始動性や馬力、燃費を復活することができます。
まず、バルブの傘の部分に細目のバルブコンパウンドを塗ります。
粗目や中目は使わず最初から細目を使用するので、これから紹介する方法を実践する場合はコンパウンドは細目ひとつだけ用意すればOKです。
バルブをヘッドに挿入し、バルブステムの先端に電動ドリルを装着してバルブを燃焼室側に押し付けながら10秒程回転させます。
バルブラッパーを使ってバルブを燃焼室側に叩くことはせずに、回転させることで擦り合わせていきます。
バルブを叩けばコンパウンドの粒子を細かくすることができますが、最初から細目を使用すれば叩く必要は無くなります。
その後、コンパウンドを除去してから再度光明丹を塗って当たり面のチェックをします。
擦り合わせ前に比べて光明丹の帯が綺麗になり縞々模様が減ります。1~2回程度の擦り合わせで十分効果があります。
バルブを押し付ける力加減に気を付けて、ドリルの回転速度を極端に速くしなければ当たり幅が広くなることはありません。
最後に、コンパウンドが残っているとエンジン稼働時にバルブシートやシリンダーが損傷するので念入りにヘッドを洗浄します。
以上でバルブの摺り合わせは完了です。
ドゥカティのバルブクリアランスの規定値について
シリンダーヘッドの清掃とバルブの擦り合わせが完了したらバルブクリアランスを再度測定します。
以下に規定値を案内します。
ドゥカティ(デスモドロミック)のバルブクリアランスの規定値は「空冷」と「水冷」で大別され、車種による違いはありません。
中には例外もあるので、気になる方はお問い合わせください。
擦り合わせ前に測ったクリアランスが規定値外であっても、擦り合わせをしてバルブシートとバルブ当たり面の異物を除去すると自然に規定値に収まることがあります。
最初の前置きで、「ヘッドのオーバーホールをしないならクリアランス調整しない方が良い」と記述した理由はここにあります。
新車からヘッドの調子が悪いドゥカティは滅多にありません。
であれば新車の状態に戻せば調子は元に戻る。
クリアランスが狂った要因(主にバルブシートへのカーボンや異物噛み)を取り除けば、摩耗している場合を除いて新車状態に戻すことができます。
ドゥカティは高級車の代名詞なのでオイル交換をさぼったり雑に扱う人は少ない上、日本では優しく乗る方が大半です。
ですから、摩耗よりもカーボン噛みの方が多い傾向にあります。
すなわち、日ごろからしっかり暖気をして、無理な空ぶかしをせず、オイル交換をまめにして、エンジンが温まらないうちに止めないようにしっかりと走らせて、定期的にWAKOSのフューエルワンなどの燃料添加剤やハイオク燃料を使うようにしてしていればカーボン堆積は最小限で済みむので、オイル漏れや白煙などのトラブルが無い限り、クリアランス調整やヘッドオーバーホールせずとも10万km調子よく走ることができるのです。
擦り合わせをした結果、規定値に近しい値に落ち着いた時は、無理に根詰めてクリアランス調整をしないほうが良い場合もあります。
せっかく長い時をかけてお互いに馴染んだ部品同士の組み合わせをリセットするのは出来るだけ避けた方が良いということです。
バルブクリアランスを調整する
はじめに
バルブクリアランスを調整する場合、空冷はクロージング側のクリアランスを可能な限り0.00mmに仕上げましょう。
それ以外の箇所のクリアランスの許容値は案外広く、オープニング側は無理して規定値に合わせずに広めに確保しても良いでしょう。
使用の過程でバルブシートのコンディションは変化し、冷間時クリアランスは変化していきます。
キャブレター車や街乗りオンリー、飛ばさない人、近所しか走行しない場合はカーボンが蓄積してバルブがクランクシャフト側に下がるように移動していきます。
反対に燃料の薄いインジェクション車やエンジンを回して乗る場合は、バルブシートが沈んでバルブがカバー側に上がるように移動します。
これからどのようにクリアランスが変化していくかは予測困難ですが、エンジンが高温になっているときにオープン側ロッカーアームとバルブステムのクリアランスがゼロになり、バルブが閉まりきらなくなって圧縮が抜けたりカーボン堆積する事態は避けたところです。(整備士の間では「バルブが着く」と言っています)
であれば多少のヘッド異音は仕方ないとしてオープン側は広めにする方が安全です。
あと何mm調整したいか把握する
例えば、擦り合わせをした後の前バンクヘッドのインテークのクロージング側バルブクリアランスが0.06mmだとします。
そして、現状のクロージングシム厚さが7.02mmあるとします。
空冷のクロージング側クリアランスの規定値は0~0.05mmなので、目標値を0.00にします。
この場合の計算式は、
7.02+0.06=7.08
(現状シム厚さ+埋めたい隙間=理想的な厚さのシム)
となります。
次に、ドゥカティ純正部品のパーツリストをネットからダウンロードし、理想的な厚さのシムを探します。
パーツリストのシムは、バルブステム直径が8mmのタイプは0.10mm刻み、ステム径7mmでは0.05mm刻みで設定されています。
7.08mmというシムは存在しないので、それよりも厚いシムを探します。
すなわち、7.10mmのシムを購入し、0.02mm薄く削って7.08mmのシムを作れば理想的なシムになります。
しかし、新品のシムの厚さには誤差があります。
経験的には0.10mm程度は厚くなっています。例えば7.10mmと表記されているシムなのに測ったら7.20mmだった。という具合です。
そこで欲しいシムがあれば余分に多く注文します。
7.10mmのシムが欲しいのなら、7.00mm+7.10mm+7.20mmを注文すれば、仮に±0.1mmの誤差があっても対処できます。
高価な部品ですが、せっかく何週間も待って手に入れたシムのサイズが合わずに頓挫するよりは余分に入手したほうが良いです。
シムの厚さを調整する
長い間待って手に入れたシムが運良く理想的厚さであれば、そのまま装着してクリアランスを測定し規定値にあればOKです。
ただ、もう少し厚さを調整したい場合はシムを削ります。
※今回のヘッドでは擦り合わせのみで理想値に収まったので、手元にある余り物のシムを削って手順を解説します。
尚、シムを削って厚さを調整する方法はオープン側シムとクローズ側シムで同様です。
まず、削りたいシムの全体の厚さをデジタルノギス測ります。
最初の状態から何mm薄くなったか?を把握できれば良いのでシム測定ツールは使用しません。
シムをロッカーアームと接触する面(左の画像の、右側の面)を下にして、大きめのオイルストーン(砥石)に置きます。
シムの全体面をしっかりとストーンに押し付けて均等に削ります。
特にオイル等の潤滑剤は必要ありません。
動画のように少し削ってはシムを90°回し、再度削るようにして偏りが無いように均等に削ります。
シムを押し付ける力を強くすると多く削れ、弱く押し付ければ少なく削れます。
1分間程削ったところでシムをパーツクリーナで洗浄&冷却します。シムが熱いと膨張しているので正確な厚さが計測できません。
それほど苦労せずに0.01mm薄くできました。
何点かの位置で計測し、全体が均等な厚さになっているか確認します。
一気に一方向のみに削ると、シムが斜め形状になってしまいクリアランスが不正確になります。
少しづつ、全体が均等に薄くなるように慎重に作業してください。
根気の要る作業ですが、せっかくなので納得いくまで調整しましょう。
バルブステムシールを交換する(900SS-8mmステム)
次にバルブステムシールとカムシャフトのオイルシールを交換する手順を解説します。
シール類はオーバーホール時には極力交換していきます。
バルブステム直径が8mmの場合は、シールの根元にマイナスドライバーを挿入してこじることで外すことができます。
ガイドやシール装着部を損傷しないように注意してください。
900SSの場合、インテーク側は黒いシール、エキゾースト側は黄緑色のシールが装着されています。
ヘッドを入念に掃除して異物を除去します。
新品のバルブステムシールを用意し、シールとバルブガイドにエンジンオイルを塗布してからステムシールを指で装着します。
多少難しい作業なので、あらかじめ古いシールを使って装着の練習をしてから臨むのも手です。
バルブ径8mmのステムシールを装着するときは工具は使用せず指だけで作業します。事前に爪を短く切ってシールを破らないようにしましょう。
ステムシール装着後はガイドの溝にシールがしっかりとはまっているか入念に確認しましょう。
シールが外れると温間時のアイドリングで大量の白煙が出ます。
※2023年1月22日追加
バルブステムの直径が7mmの車種のヘッドは、ステムシールが金具で装着されている為、外すときはシールの下側にある金具部分をペンチで掴んでぐりぐりと回します。
シールの固着が緩んだら細いマイナスドライバーをシールとバルブガイドの隙間に差し込み、シールを手で引っ張りながら慎重にこじって外します。
新品を装着する時には専用の打ち込み工具が必要になります。
工具がクロージングロッカーアームに干渉するので、ステムシールを交換するときはロッカーアームを外してください。
バルブステムシールを交換する(7mmステム)※2023年1月22日追加
2000年代中盤(デュアルスパーク)以降の空冷エンジンでは、バルブステムの直径が7mmになり水冷と共通となりました。
スクランブラー800のシリンダーヘッドで新品のステムシールを取り付ける手順を解説します。
ステム7mmのヘッドの場合、新品のシールを装着するには専用の工具が必要です。
画像ではドゥカティ純正の特殊工具になります。
一般的に通販で入手できる工具でも同様の使い勝手です。
工具の細い部分と新品のステムシールにエンジンオイルを塗布し、ステムシールの先端部にあるスプリングは外した状態で工具にステムシールを挿入します。
挿入する際にゴミが付着していないか確認し、無理矢理入れてシールを損傷しないように気をつけてください。
ステムシール装着部(バルブガイド)に異物が付着していないか確認し、エンジンオイルを塗布します。
シールを工具の根元部分まで挿入した状態で、工具をバルブガイドにシールと共に挿入します。
バルブガイド内部を損傷しないように慎重に入れてください。
工具を真っすぐ押し込み、シールをヘッド(バルブガイド)の奥まで挿入します。
次に、挿入した状態の工具の先端を鉄ハンマーで1~2回強めに叩いてステムシールをしっかりと取り付けます。
叩かなくてもシールが奥まで入っているように見えますが、念のためです。
以前、これをしなかったために848のバルブステムシールが外れて分解し直しになりました。
ハンマーはゴムやプラスチックではなく、鉄ハンマーを使用して確実に叩き込んでください。
挿入工具を持つ手はぐらつかないようにしっかりと持ち、ハンマーを持つ手はスナップを効かせて振り込んで下さい。
叩き込んだ後にステムシールのスプリングを指で装着し、シールが確実に入っているか指で摘んで確認します。
クロージングロッカーアームを装着する ※2023年1月22日追加
やむなくクロージングロッカーアームを外した場合に、装着しやすくする方法を紹介します。
画像の様な、直径10mmの鉄棒で出来た工具を作ります。
部品取りエンジンのロッカーアームシャフトを加工していますが、ホームセンターにある直径10mmの長いボルトを購入してネジ山のある部分をカットすれば、同様の鉄棒を取り出すことが出来ます。
鉄棒の先端は丸く削り、バフがけをしています。
可能な限り先端を滑らかにすることで使用しやすくなります。
丸く削った部分の反対側には、お好みで持ち手を取り付けると良いです。
工具とロッカーアームにエンジンオイルを塗布し、シャフトを外した状態のクロージングロッカーアームを、スプリングとともにヘッドに挿入します。
スプリングの反力が強いので、ロッカーアームを指で強く押し込んでください。
穴の位置はおおよそ合っていれば大丈夫です。
その状態で、先ほどの工具をねじ込んでから叩き込みます。
ヘッドとロッカーアームの穴が半分程合っていれば工具を挿入することができます。
工具はロッカーアームの中ほどまで入れます。
クロージングロッカーアームを工具で仮止めしている状態です。
この状態でリターンスプリングを軽く引き出して先端部分の位置を自然なところに収めます。
次に、クロージングロッカーアームシャフトにエンジンオイルを塗布します。
片手でロッカーアームを保持しながら、工具をゆっくりと引き抜き、すかさずシャフトを挿入します。
工具を外したときにロッカーアームの位置がズレなければスムーズに作業できるはずです。
カムシャフトのオイルシールを交換する
カムシャフトのオイルシールには抜け止めはついていないので、ドライバーで引っ張り出して外します。
軽い力で抜けますが、シリンダーヘッドに傷を付けないように気をつけてください。
冬はシールが硬くなっているので、あらかじめドライヤーで温めておくとスムーズに外すことができます。
カムシャフトやロッカーアーム、カムシャフトキャップやシリンダーヘッドにはオイルの通る穴があります。
組み上げる前にこれらの穴にパーツクリーナを噴射して内部のゴミを除去してオイルがスムーズに通るようにします。
オイル管理の滞っていたバイクではこれらの穴が異物で詰まることがあるので、大事な作業です。
カムシャフトのオイルシールの内外にエンジンオイルかシリコングリスを塗布し、手で軽く挿入した後に27mmのボックスソケットで叩いて奥まで打ち込みます。
ソケットの大きさが合っているとヘッドの面取り部分でシールの挿入が止まるので規定の位置関係で真っすぐに挿入することができます。
ヘッドによってはソケットを使用しても面取り部分の深さまで打ち込めない場合があります。
その場合はパーツクリーナ等のキャップで押し込むこともできます。
このキャップはシール穴の内径にピッタリと合い、柔らかいのでヘッドやシールを傷つける心配がありません。
古いシールを外す前にキャップをヘッドに挿入し、止める位置をマジックでキャップにけがいておくと挿入深さを合わせることができます。
シールが斜めに入っているとオイル漏れの原因になるので注意して下さい。
水冷ではカムシャフトシールツール(オイルシール取り付けツールカムシャフト用)という商品があります。
手元のソケットにジャストサイズが無い場合は活用してください。
ヘッドの残りの部品を組み付ける
その後、バルブにオイルを塗布してヘッドに挿入します。
バルブを抜き差しするとステムシールが痛むので、シールを新品に交換した後はバルブやカムシャフトの脱着を極力避けて下さい。
ロッカーアームを装着する前にカムシャフトにプーリーを取り付け、古い特殊ナットを締め付けます。
カムシャフトの右側の部分をプーリーと共に締め付けることでカムシャフトが正規の位置になり、ロッカーアームとの位置関係を正しく把握することができます。
締め付け後はカムシャフトがスムーズに回転するか確認し、引っ掛かりがある場合はベアリングの状態や異物が混入していないか確認します。
特殊ナットは再使用できないので、ヘッド完成時に最後に新品ナットに交換します。
シム等を分解の逆の手順で組み付け、バルブカバーまで取り付けてシリンダーヘッドを分解前の状態まで組み上げます。
最後に、カムシャフトプーリーの特殊ナットを新品に交換して締め付けます。
規定トルクは、ネジ山にモリブデングリス等のボルト締め付け用のグリスをネジ山に塗布してから70N.mで締め付けます。
新品のナットは摩擦力が強いためにピッチが合っていない様な感触で締まっていきます。
ドゥカティは締め付け時にボルトにグリスを塗布する指示が多いですが、この場合はネジ山の保護と確実に規定トルクをかけるために塗布します。
締め付けが完了するとナットの緩み止め部分が削れて切粉が出るので拭き取ります。
ヘッドが完全に組み上がったらカムシャフトを回し、各部がスムーズに動作しているか確認して完了です。
この後はピストンリングとシリンダースタッドボルトを交換してエンジンを組み上げます。
これ以降の腰上の組み上げ方の解説は以下を参照してください。
コメント
初めまして、当方ドカティ乗りではなく、HONDA短気筒空冷乗りになります。
バルブのシート当たり面の記事、非常に参考になりました。他の方のHPやブログなどを拝見すると、皆 バルブシート当たり面が2mmでは大きすぎる、圧縮もれが起こるなど口をそろえて言っています。2mm以上の場合シートカット必須、当たり面は1mm以下など・・・。
モトメカニック様の説明の中で【オーバーヒートして焼き付くよりはカーボン噛みした方が安全です。 当たり幅が3mm等、明らかな異常(べた当たり)であればバルブシートカットしますが、この場合でも始動不良などのトラブルが無ければ現状維持で行きます。】などまさに目からうろこでした。
また、バルブのすり合わせ方法(タコ棒を使わず電ドリルを使った方法)や当たり面の確認の仕方など大変参考になりました。丁度ヘッドをオーバーホールしていたので、参考の通り行ってみました。
問題なく完了しました。
これからもいろいろ目を通して勉強させていただきます。有難うございました。
デスモのバルブシム調整していましたが、7ミリステム 8ミリステムのオープン、クロージングのシムは何処で注文したらいいのでしょうか、又厚みはMaxどれくらいまで有りますか、宜しくお願いします。